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2019/10/10

昔物語・「横井英樹」という人物

横井英樹については、一度削除したブログにも書いたことがありますが、金田正一と同じ村に住んでも小学校は別々の学校でした。
横井の出生地の跡地は後々にお知らせしますが、金田の学区から判断すると横井より北側だったと思われます。

この間の放送でも取り扱っておりましたが、横井は東京へ丁稚奉公に行き、後に事業を起こし「白木屋」というデパートを乗っ取る最中に、インテリヤクザの安藤昇にビストルで撃たれたことがあります。
その後、安藤は映画俳優になりヤクザ映画スターになりました。

横井はホテルニュージャパンを入手し、外人客の寝たばこで焼失し多数の犠牲者を出しましたが、スプリンクラーも水がでないヘッドだけ取り付けていたことが被害を大きくしました。

横井は東洋郵船の会社を作り「岸壁の母」でお馴染みの引き揚げ船の興安丸を買い、東南アジアやハワイへの海外旅行で財産をなしたのです。
当時は飛行機での海外旅行は高く船で寝泊まりすることで人気があったようです。

次には当時のボーリングブームに乗り、柿木坂、池上、名古屋、京都等に多くのボーリング場を乗っ取ったり建築しましたが、なかでも自分の生まれ故郷には1階が駐車場で2.3.4階には80レーンで、計240レーンのボーリング場を造りまた。

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廃業後のボーリング場(船をイメージした建物)

初めから建設金額を支払う考えはなく、地元の業者も噂を知っていたので長野県に本社がある某建設会社に依頼したのです。
私の記憶では全額の工事料金は支払わなかったと聞いております。

場内には1基100万円以上のシャンデリアが多く取り付けてありましたが、支払いをしないので横井が帰郷するニュースを納入業者が察知すると、2-3人の幹部がやってきて支払い要請をしても取り合うこともしなかったのを何回も見たことがあります。

当時、私は失業中だったためボーリング場の設備担当にバイト感覚で就いておりましたが、横井の親戚が小さな電気店をやっており、そこから蛍光管等を発注しておりましたが店の人は支払いが悪いと嘆いておりました。


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