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2019/09/27

災害・台風の翌々日に自衛隊の風呂 ②

私が住んでいた下宿先は少しだけ土地が高かったので、私が帰郷するまでは浸水には会いませんでした。
珍しかったのは台風の翌々日には、下宿していた近くに自衛隊の風呂が設営されたので利用させて貰いました。

その日は給料日だったので会社へ立ち寄り給料を貰い、夕方には自衛隊の風呂に入り、その翌日には郡上へ帰ることにしたので以後の事はあまり分りません。

伊勢湾台風は昔の古い海岸線の堤防と、高潮が重なり堤防の近くに住んでいた人の死者が多かったことや、名古屋港は木材の貯木場が多くあり流れた木材に衝突して命を落とした人が多かったようです。

在所に帰るにしても電車は浸水のため駅まで歩きましたが、江戸時代の堤防の跡を道路にしたところを何キロメートルも歩き、途中の道路は冠水しており靴を脱ぎ裸足で歩いたものです。

家へ着いたら大半の人も同じで、5,000人も亡くなった台風のため諦めていた家が多かったようです。
昔は現在のような通信手段が発達しておらず、唯一の固定電話も不通のため仕方のないことだったのでしょう。

私の両親も多くを語りませんでしたが、心の中では一安心したような表情を見せていました。


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