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2019/06/14

日記・東京・青山の郡上踊りと「春駒」の由来


6月14日(金)と15日(土)は、東京・青山の秩父ラクビー場の駐車場で「郡上踊り」が開催されます。

青山での郡上踊り

これは、江戸時代に金森藩が郡上八幡城主であった頃は年貢の取り立てが厳しく、村民の代表が江戸へ赴き当時の家老に駕籠訴し金森の悪行を訴えたのです。
訴え上は誰が初めに書いたかを隠すために傘のように書き、「からかさ連判状」と言われ八幡城へ登る途中に石碑として残っています。

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駕籠訴により金森藩は追放されましたが、直訴に加わった村民の他にも一族が打ち首になったと言われております。
郡上踊りの代表として「かわさき」があり、『郡上のナー八幡出て行くときは雨も降らぬに袖絞る・・』の一説がありますが、これは伊勢参りに出かける人との別れを惜しんだ唄とか、江戸へ直訴をする人との別れで「雨ではなく涙で袖が濡れ絞った」等の説があります。

追放された金森藩の後には丹波篠山の城主の流れを組む青山藩主が城主となり、世が世なら東京・青山は丹波篠山と郡上の持ち物なのです。(笑)
善政を行った青山藩城主に感謝する意味で、以前の踊りは青山の菩提寺のある梅窓院で行われておりましたが、参加する人が多くなりラクビー場の駐車場に変わったのでしょう。

また私のハンドルネーム「春駒」という盆踊りの節ですが、ルーツは能登のサバ売りが歌った「七分五厘の焼サバ 焼サバ」という売り声が、郡上名産の馬にちなんで『春駒』の歌に改められ、鎌倉幕府有力御家人・梶原景季に寄贈し宇治川の戦いで大活躍した名馬なのです。

春駒は歌詞にあるもので本来は「名馬・磨墨」と呼ばれ、私が生まれた村には「磨墨の里公園」という道の駅があります。
郡上踊りは10種類ぐらいありますが、地元の人はテンポの良い「春駒」の踊りが好きなようです。
お暇でしたら「春駒」を聞いてみてください。
郡上踊りの服装は決まっておらず、背広・革靴の参加者も珍しくありません。
また、終戦になった日の夜も踊りは中止しなかった言われております。

郡上踊り・春駒

もうひとつは、私が生まれた村には800年前に鎌倉から持ってきた「永遠の灯火」があり、千葉家が代々守っており画像の方が25代目で、夜は炭火にして灰の埋め朝に焚火にするそうです。
縁起が良いと言って結婚式のキャンドルに使用するための、火を分けてもらうカップルも多いそうです。


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コメント

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おはようございます

今日と明日ですね、明日は雨予報なので、今夜雨が大丈夫なようなら行ってみたいです。
郡上踊りはヨサコイとは違って、情緒たっぷりでじっくりみていたい。
なかなか現地までは行けないので楽しみです。
♪春駒、春駒・・・焼きサバ、焼きサバ。言葉次第でガラッと雰囲気が変わってしまいますね(笑)

こんにちは、

郡上踊りはユカタを着ようが、革靴を履いて踊ろうが自由なことが他の盆踊りと異なります。
私のハンドルネームは、焼きサバ&馬ですから・・・(笑)

郡上の徹夜踊りに 一度だけ行ったことがあります。
あの下駄の音は良いですよねー
「春駒」が一番楽しかったように記憶してます。

おはようございます、

徹夜で踊ると下駄がすり減ってしまいます。
「春駒」は他の踊りと違って、テンポも良く多くの人に親しまれている踊りのようです。