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2018/12/24

昔物語・植林作業



戦時中に山の木を切ってしまい植林をしなかったので、ほとんどハゲ山になっておりました。
中学生になると、このはげ山が大変な金儲けをもたらしたのです。

当時はカラマツを植えてパルプにする計画があり、山林所有会社の依頼で春休みに植林の仕事が続いたのです。

トラックの荷台に20名近くの者が乗り、舗装もされていない山道を走ることは今では考えられませんが、これが当時の常識でした。

広い山に登り「トンガ」で穴を掘り、カラマツの苗を決められた間隔に植えるわけですが、「トンガ」は方言のようで、をネット検索したら「タケノコ鍬」で刃先が15㎝ぐらいの道具でした。

s-img23143007[1]

実際の鍬の刃の長さは画像より、もっと短いものでした。

炭俵で作った背負う物にカラマツの苗を何十本も入れ、一列に並んで山を登りながらトンガで穴を掘り、植林作業は大変な体力が必要でしたが、夏休みになると長い期間を働ける仕事が待っておりました。



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コメント

非公開コメント

おはようございます。
おそらく当時は壮年期の男性が不足していたのでしょうが、その代わりを少年がやっていたのですね。
山道をトラックで登るのは怖くなかったですか?今の言葉ではブラックと言うのでしょうが、
それがあってこそ緑の山々が姿を見せてくれているのだと、有難いなと思います。

おはようございます。

そのような仕事をした経験がないのでなんとも言えませんが、
大変な作業であった事は想像できます。
山は美しい木々を見ながら登るだけですが、
当時そのようなご苦労があったのですね。

花さん

こんにちは、

当時はブラックもグリーンもありませんでしたね。(笑)
山に住む子供にとっては有難いことで色々な事を経験し、今の人生に役立っていることがあります。

シンとケイさん

こんにちは、

苦労と言うより家の仕事から逃れ、お金儲けができたのですから、自分的にはパラダスイスだったのです。
ところが、最近は山に入る人が少なく、荒れ放題になっていることが残念です。