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2018/07/09

日記・豪雨災害

今回の豪雨で被害を受けられた方々にお見舞い申し上げます。

今回の豪雨は線状降水帯と言われ、数十年に一度の広範囲な被害になりました。
実は私が住む地域はゼロメートル地帯(実際はマイナス1m以上)で、西に一級河川の木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)が集中し、東は雨水や家庭排水の河川があり、ポンプアップして海へ放流しているのですが、オランダのような所です。


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木曽三川

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排水機場

しかし、伊勢湾台風で大きな被害を受けた結果、排水河川の堤防やポンプ設備が改修され、遠方の海岸線は高潮で被害を受けたので整備されたので今では一等地になり、以前に書いた三菱のロケット工場などの進出により、該当するするところは日本一の裕福な村になったのです。

当地域は今から2万年前から木曽三川の土砂が累積して造られたところで、江戸時代も暴れ川と言われ、徳川幕府が外様大名の薩摩藩に蓄財を使わせる理由もあり、改修工事を命じたのです。

この物語は芝居にもなり観た事がありますが、薩摩藩の家老である平田靱負(ひらたゆきえ)役を森繁久彌が演じ、堤防工事は多数の犠牲者と予定より莫大な出費があった責任を負い、家老は完成した堤防の上で切腹するのです。

この功績は今でも受け継がれ、毎年、家老の命日の5月25日に鹿児島からも訪れ、木曽川と長良川の間に建立された神社で慰霊祭が行われています。

しかし、明治時代になると政府はオランダの土木技師であるヨハネス・デ・レーケを招き、現在の木曽三川を完成させたのです。


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デ・レーケ像

また、長良川は木曽川と比べると1.6m長良川が低いので、双方の河川の往来のために閘門(スエズ運河などと同じ目的)を造り昔は漁船や運搬船が利用しておりましたが、現在は釣り船やレジャー船の航行に使われています。

ここは、船頭平(せんどひら)閘門と言われ重要文化財に指定されており、5月中旬に皇太子がお忍びで見学されましたが、次期天皇陛下だけに厳戒態勢だったそうです。

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船頭平閘門

説明が長くなりましたが、伊勢湾台風から60年余になっても先人たちの苦労と、5,000人以上の犠牲者をだした伊勢湾台風の対策のお蔭で、今のところ災害らしいものに出会ったことはありません。

土砂の累積地のため崖は全くなく、東や北側の近くに山も無いため、大雨に見舞われることも少なく、郊外のため地域には田畑も多くあり、降雨があっても一時的な貯水池の役割を果たしていることも見逃せません。

そして、伊勢湾台風で味わった恐怖から、高い所に住みたい願望がマンションを選んだ動機でもあり、今のところ指定された避難所より安心感のある住まいを続けている次第です。


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コメント

非公開コメント

<(_ _)>勉強になりました
春駒さんが現在安全な場所で暮らしておられることに
安堵いたしました
今回の豪雨では避難所に避難されていた方も結局被害に遭い
病院におられた方も救出されている様子をテレビで見ました
私は木曜の夜に近くを流れる川が危険水位に達するまで
あと1メートルになったところで災害対策本部に電話で問い合わせ
ましたら、マンションの高層部に住んでいるのなら避難所に行かず
部屋にいてくださいと言われたのですが朝まで眠れませんでした
他にもたくさんの電話がかかっている様子でしたが、親身になって
指南してくださりありがたかったです

こんにちは、

当方はお蔭様で普通の雨という感じでした。

被災を受けられた方は、これからが大変かと思います。
ふ~みんさん宅も大事にならず良かったですね。

私の住む地域には戸建てばかりでマンションは当所だけですが、昨今は風水害の危険もあり、友人から羨ましがられております。
これからも異常気象が続くような気がし、改めてマンション生活に安堵しております・