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2021/02/09

日記・お寺の歴史は面白い②

多くの宗教は「輪廻転生」を言い、人が何度も生死を繰り返し新しい生命に生まれ変わることを基本と言われておりますが、私は生ある者が死んだら『無』になるだけで、昔の人は輪廻転生の論理は「死への恐れ」からあみ出されたものではないかと思います。

また、毎年の受験期にでも思いますが、神仏祈願をする暇があったら一つでも受験勉強すれば良いのにと思っておりますが人それぞれで、亡くなっても生まれ変わるとか、祈願して合格すると思うことで心が穏やかになるのなら個々の判断で決めることでしょう。

以前にも書いたことが有りますが、昨日の寺が5ケ所も集まっている一つの寺は、40年以上前に本堂も庫裡も火災で焼けてしまい一旦は廃寺になりましたが、10年ぐらい前からプレハブの本堂を造り、焼け残った楠を利用し「樹木葬」なるものを運営し、安い費用で木の下に遺骨を納めるようにした結果大繁盛で、その前を月に数回は車で通りかかりますが、いつも駐車場には数台のお参りの車が止まっております。

何でも数年前から『縁切り寺』としても売り出しており、恋人と別れたい人、浮気の夫と離婚したい人たちが相談と祈願に、遠方からくるようです。

一面では宗教は大衆の弱みに付け込んだ商法の反面、人の苦しみを助ける役割を果たしており、最終的には個々が判断して関わることになるのが宗教ではないかと思っています。

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