FC2ブログ
2020/09/20

日記・野党の歴史④

しかし、総評解体後から野党の乱立が始まり歴史を辿ることかは難しいと言えます。

1989年11月に左派系の総評や、右派系の同盟(全日本労働総同盟)に代わって、連合(日本路移動組合総連合)となり、初代会長が山岸章と言う人で後に勲一等瑞宝章を受章する例などをみても、大手の労働組合の幹部にとっては組合の役員経験者は会社の出世コースであることには変わりなかったようです。

これは、大手の労働組合だけでなく、中小でも大なり小なり同じようなものでした。

この頃に民主党が発足し一時的に政権の座に就いたものの、2012年に下野せざるを得なかったのです。

この頃は野党がタケノコのように現れ新進党、自由党、みんなの党を始め数年の間に多数の野党が現れ消えていった時代です。

2017年の総選挙の前に東京都知事の小池と衆議院の前原らが多くの野党を結集する「希望の党」を作り、全員が希望の党に加盟できる約束が、左派系や小池が気に食わない議員を「排除します」の一言でバラバラになり、小池の手腕で自民党を圧勝させた功績は大で今年の7月の都知事選挙も自民党は事実上の小池支持に廻り恩返しをしたことになります。

その後、「小池、小池」と絶叫した衆議員だった若狭勝も小池から離れ、「希望のない党」は野党潰しの役目を果たし自滅してしまいました。

排除され当選した議員は枝野を中心に立憲民主党を結成し、希望の党公認で当選した議員は後に国民民主党となったのです。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

こんにちは

たった一言で、負け戦をしいられた希望の党ですが
野党をぶっ壊したことだけは、よかったと思います。

こんにちは、

ここら辺の考えは花さんとは少し異なりますね。
あんな人の一声で騙される議員も議員ですが、健全な野党は必要かと思います。