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2020/09/18

日記・野党の歴史②

当時の「泣く子も黙る総評」は国鉄、地方自治、教師、マスコミ、私鉄を始め民間の多くの労働組合が結集し、他方では自動車、繊維、電力関係が終結する同盟(全日本労働総同盟)と言う全国組織の労働組合がありました。

総評系の労組は日本社会党を支持してきましたが、社会党は分裂し社会党左派が総評の支持を得て、社会党右派を同盟系の組合が支持しました。

しかし、中小企業の組合は真面目に組合活動を行っても、多くの組合の幹部は会社の出世コースで、私は数年後には会社を退社し労働組合とは関係のない企業に就職しました。

しかし、安保闘争が終結すると、全国組織の労働組合の幹部の不祥事が発覚し始めました。
ある組合幹部は昼食でも銀座の料亭に出かけ、また、ある組合は豊富な組合費を使用し、温泉地に会館を造り業者からのバックマージンを受け、自分たちの天下り先を造ったと言われ、『ダラ幹』という言葉が流行ったものです。

間もなくすると総評が解体されるわけですが、理由は中核労組幹部の不祥事の多発と、政府による国鉄の民営化が原因だったと言われております。


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コメント

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おはようございます

どの世界でも同じで、ちょっとばかりの権力を握ると
やりたい放題するんですね。一般組合員とはかけ離れて残念ですね。

こんにちは、

実際は単産の幹部だけでなく、単一の労働組合でも大なり小なり同じようなものでした。
私もそういう所を見てきたので辞めてしまったのです。