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2021/05/11

日記・スムーズな高齢者のワクチン予約

多くの自治体で高齢者のワクチン接種の予約や接種が始まっているようですが、テレビ等では電話回線がパンクしたとか、電話を何回掛けても繋がらないため、役所へ直接押しかけて来たと言ったニュースを見かけます。

65歳以上の高齢者に一斉に通知すれば、高齢者は電話で予約する方が多いため、繋がらず混雑することは当たり前の事でしょう。

当市の場合も他市と同じ様なことをすると思っていたら、年齢別に区切って通知書を発送しているようです。
4月の中頃には90歳以上の方に送付し、下旬には84歳以上の方に通知があり該当者する先輩に聞いてみると、最初は電話が通じなかったが散歩から帰り電話したら予約が出来たと話してみえました。

最近では83歳以下の年齢を区切って「接種の案内」が届き、予約方法も個別接種(個人医院)よりも集団接種会場の予約が早く、混乱を防ぐ方法を考えているようです。
なお、5月中には65歳以上の方へ案内書が発送されるようです。

例えば、ワクチンが1,000人分あれば、案内書を送付した対象人数を1,000人以下にして、選り好みをしなければ全員が予約可能になっているようです。
但し、接種場所を集団会場に希望していても、診察を受けたこともない個人医院(個別接種)へ回されることが有る反面、その逆の場合もあると思われます。

集団接種会場は13時30分から15時迄で、日曜日は朝から夕方までの接種時間となっており、開業医のオフの時間を割り当てたものと考えられます。
こんな事は早くから準備しないと出来ない事で手前味噌になるかも知れませんが、こうした方法を考えた当市の担当者に『アッパレ』を差し上げたいと思います。

そんなわけで、私にも「案内書」が先週の金曜の午後便で届き、昨日の9時から予約開始だったのでPCで簡単に予約でき、直後に「予約受付メール」が着信しました。
今月末には1回目のコロナワクチン接種を受ける予定です。
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2021/05/10

日記・修学旅行⑧

修学旅行の文集は数人の担当者が担任の指導の下に整理し、当時の八幡町のタイプ印刷にお願いしましたが、出来上がった物は誤字が多くあり、後に各自が訂正しました。

文集の制作費用は皆が少し負担したと思いますが、担任のH先生の山へ同級生が出かけ、木を出して負担して頂いた記憶があります。

3泊4日(1回は車中泊)の旅行費は忘れましたが、数千円ではなかったかと思います。
他にも靴を新調しボストンバックを揃える費用も必要でしたが、私は親な負担かけることなく、全て私のお金を使いました。

以前にも書いたことかありますが、春休みは山で木の苗植えや山ワサビ採り、夏休みは苗植えした付近の木や草を刈る仕事(下刈り)、他にも鉄道の枕木や割り木(町の家でカマドで使用)を山から出すアルバイトで、学生服も学用品の全てを賄っていたのです。

テレビ放送のお陰で修学旅行の「文集」を読み、私の思い出を披露させて頂きました。
残念な事はコロナ禍で同級会も行えず、一部の友達の安否は年賀状で知るしかありません。(完)
2021/05/09

日記・修学旅行⑦

文集は修学旅行の思い出と、卒業を控えた私たちに各先生からの「はなむけの言葉」が掲載されており、いくつか紹介します。

S先生は社会、歴史の担当でしたが、教職の途中で病に罹り3年間ほど入院生活を経て、私たちの学校へ赴任されましたが、闘病中の歌を寄せられました。

〇病む我と共に学びし友はみな良きパパママとなりて暮らすのに

〇待てど待てど夢の中なる十字路の信号は青に変らざりけり

〇意思もあらずキリストもあらず健康のみが欲しいと思う日

また、H先生は数学、理科と3年間の担任の先生で、卒業後も盆や正月に集まった時に先生宅に集まり徹夜で遊んだ思い出があります。

【共に伸びよう」という大きなモットーの下に、3年間「みんな仲良く」腕を組に合わせて、歩んできた道を振りかえってみよう。
(中略)
私は君達に「偉人になれ」「英雄たれ」又「大富豪になれ」とはいわない。
平々凡々たる一市世人であってよい。
その生活が平和であり社会の一員としての義務が果たされていれば・・・
(後略)】

全ての先生が鬼籍に入られましたが、特に担任であったH先生を尊敬し、その後の人生に大きな影響を受けた師でもありました。
2021/05/08

日記・修学旅行⑥

今なら名古屋、東京間は「のぞみ」なら1時間半程度ですが、当時は数時間も必要で帰りは夜行列車でした。

文集によると10時45分発の大阪行き夜行列車に乗車したようですが、6時30分には東京駅に着いていたようです。

また、東京駅構内では浮浪者の物の奪い合いや、大相撲の秋場所で十両優勝した関取がファンに囲まれる光景を見て、田舎では見られない状況にカルチャーショックを受けたようです。

ある同級生は旅行の思い出を次のように綴っています。
警笛を鳴らし続けて走るタクシー、すれ違っても挨拶をするわけでもなく、なにか冷たい雑音の中での住みたいとは思わないが、旅行としては良い所である。

2021/05/07

日記・修学旅行⑤

東京都内の観光地の多くは忘れましたが、国会議事堂内に入った事、地下鉄に乗った事、国際劇場でダンシングチームの踊りを観ましたが、今は有楽マリオンに建て替えられたようです。
踊りの後には中村賀津雄主演の映画を観たと文集にありましたが、これも記憶がありません。

また、三越へ着こうとした時に、長い間バスの中で待たされました。
バスガールの説明によると天皇が三越に寄られ、帰られるまでは動いてはいけない指示だったようです。

銀座四丁目には昼間だったか夜だったか忘れましたが、今でもニュースなどで東京を紹介する時は「服部時計店」を見て当時の記憶が蘇ります。
昔と今でも変わっておりませんが、今から89年前の昭和7年建てられたようです。

最後の日の夕食後は自由時間になり、引率された数名の先生が付き添われ、私は担任の先生の薦めで「あすなろ物語」の映画を観に行きました。
「あすは檜になろう,あすは檜になろうと」の映画のセリフだけは覚えております。
2021/05/06

日記・なりすまし詐欺にご注意


本日、2回目の投稿です。


数日前、どこかのテレビでも放送しておりましたが、コロナ禍で在宅期間が多くなり、パソコンを開く機会が増えたことを狙ってなりすまし詐欺が横行しているようです。

当方へは2-3日の間に、3件の企業を装ったメールが届きましたが、差出側は同一だと思われます。

●アマゾン
これは過去にも紹介しましたが、カードの再確認の内容でした。

●ダイナーズクラブカード
「会員確認のためにクリックして」と言う内容ですが、私は持ったことのないカードです。

●楽天
上記と同じような内容で、可笑しいことに会社の電話番号が090-の携帯番号でした。
この番号をネット検索すると、「楽天を装った詐欺メール」のサイトがありました。

企業の場合はクリックするとPCの内容が盗まれて使えなくなり、「高額な金を払えば復帰してやる」と言った『人質詐欺』のようです。

もし開けば、少なくても情報が盗まれる恐れがあり、絶対に開かす削除することです。
2021/05/06

日記・修学旅行④

江の島から鎌倉、羽田空港などを経て東京の旅館に着きましたが、文集を見ると東京まで3台の観光バスに乗り換えたと書いた同級生がおりましたが、私の記憶は定かではありません。

しかし、鎌倉の大仏は良く覚えておりますが、今はバスガイドか普通ですが、当時は「バスガール」と呼び、文集も全てバスガールと書いてあり、「東京のバスガール」の歌が流行りました。

羽田空港では、羽田-札幌の航空運賃は1万円と説明があったようですが、当時としては高い費用だったのかも知れません。

東京の宿泊先は忘れてしまいましたが、あまり大きな宿ではなく私の記憶では神田辺りではなかったかと思っておりましたが、文集では同級生が「伊豆旅館」と書いてあり、パソコンで検索しても同じ名前の旅館はありませんでした。

ただ、上野に「上野NEWホテル伊豆」があり、レビューを読んでみると昭和の建物で、宿泊費は安いが設備の老朽化等が書いてあり、私たちが宿泊した木造の「伊豆旅館」がホテルに建て替えられたのかも知れません。
2021/05/05

日記・修学旅行③

歩行橋を渡り、江の島で泊まった所は「岩本楼」だったことは今でも覚えています。

岩本楼は150年前に創業し、有名なローマ風呂は昭和5年(1930)に造られたらしく、建物も少しは改装されても今でも昔のままでしょうか。

ここは皇室、福沢諭吉、伊藤博文らが宿泊し由緒ある宿ですが、私らのような田舎者が良く泊まれてものだと改めて感心しています。

島の裏側には岩屋があり、洞窟のような所に入った記憶がありますが、見るもの食べるものは人生で初めての物ばかりでした。


岩本楼
2021/05/04

日記・修学旅行②

学校から当時の国鉄の郡上八幡駅までは貸し切りバスに乗り、途中で乗り換えて岐阜駅から東海道線の普通列車に乗り、藤沢駅で降りバスで江の島の橋の入り口で降りたと思います。

江の島橋の現在は自動車も走りますが、当時は歩行橋で60歳代から下の方は現在の橋が当たり前かもしれません。

江の島で一泊し、島内の観光、鎌倉、横浜、東京(羽田、三越、国会議事堂、上野動物園、国際劇場、皇居、靖国神社、銀座、浅草)などを回ったと記憶しています。

列車も、海も、賑やかな街も、全て初めて見て体験する物ばかりでした。
なお、東京で一泊し帰りは夜行列車でした。

2021/05/03

日記・修学旅行①

この間、久しぶりにNHKの「たけしの・・・」を観ましたが、内容は「ニッポンの旅行」でした。

昭和30年代の中学校の修学旅行の放送で、修学旅行専用列車「ひので号」が走ったことも紹介されましたが、私は小さな学校だったので普通の列車を利用しました。

私は岐阜の山奥の小さな学校だったので、当時の国鉄の列車で東京方面の修学旅行でしたが、その旅行の事をまとめた冊子があることに気が付き、久しぶりに開いてみました。

表紙は当時の校長先生の作品ですが紙質が悪く、中は茶色になり将来は読めなくなるかも知れません。

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追記
最近は体調が思わしくなく時々休み、皆さんへお邪魔することが出来なくなるかも知れませんので宜しくお願い致します。