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2018/04/30

人生感・東京・青山と郡上踊り

京都・宇治川の合戦で活躍した名馬「摺墨」は、現在の岐阜県郡上市が産地で10種ある「郡上踊り」に歌われておりますが、盆踊りで一般的に知られているのは「かわさき」です。

かわさきの歌い始めは、
『郡上のナー 八幡出て行く時は 雨も降らぬに袖しぼる』
で、「雨も降らぬに袖しぼる」は涙雨のことですが、この理由については色々な説があります。
「伊勢参りに行く人との別れを惜しんで」の説や、私が信用している説は次の通りです。

江戸時代に悪政を強いた金森藩に対して、度々、一揆が発生し百姓の代表が江戸の老中に直訴をするために旅立ちましたが、例え訴えが通っても斬首刑が普通で、代表者等は家族や親戚との別れを惜しみ着物の袖で涙を拭いた説です。


こうした時代を描いた映画『郡上一揆』の映画が、緒方直人・加藤剛・岩崎ひろみ・林隆三さんらが出演され一般公開されましたが、私はDVDを持っています。


s-DSCF9143.jpg


話が横道に逸れましたが百姓一揆の責任を問われ金森藩主は改易になり、新たに丹波笹山方面の青山藩の四男が郡上八幡城の城主になりましたが、東京・青山は青山藩の江戸屋敷があった場所で、青山の梅窓院(ばいそういん)は青山藩の菩提樹です。

今年の郡上踊りは7月14日から9月8日まで行われますが、青山藩との関係で踊りの前に以前は梅窓院で行われておりましたが、今は秩父宮ラグビー場(駐車場)で開催され、今年は6月29日と30日に予定されています。


秩父宮・郡上踊り

梅窓院

なお、正式な記録には残っておりませんが、郡上踊りは先祖を弔う理由で許可を得て終戦の日の夜も踊ったそうです。
また、八幡城(積翠城)は、朝霧に浮かび上がる姿は「天空の城」として話題となっています。


郡上八幡城



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2018/04/29

人生観・名馬「摺墨」

色々な神社仏閣や古い建築物を見て回った結果、印象的に物を取り上げております。

京都の萬福寺から平等院へ観光バスが移動中に、宇治川が眼下に見えましたが都会の川としては流れの速さに驚いていたら、バスガイドが、

『鎌倉時代に木曽義仲軍勢と源義経軍勢が宇治川をはさんで戦った時に、源義経がたの武将、梶原源太景季は名馬「磨墨」を駆って宇治川に乗り入れ先陣を争った、有名な「宇治川の決戦」の場所です』

の説明があり私の頭の中が急回転し、「オラが村の名馬」と蘇りました。

私の故郷の村は平成の合併で「郡上市」になりましたが、有名な郡上踊りは10種類あり、そのなかで私のハンドルネームは盆踊りの「春駒」を拝借したものですが、この曲に名馬「摺墨」が歌われているのです。


(七両三分の春駒春駒)
○(ホイ)郡上は馬どこ(ホイ) あの磨墨の 名馬(ホイ) 出したも ササ気良の里
 (七両三分の春駒春駒)
 ※以下、唄ばやし、省略
○私ゃ郡上の 山奥育ち 主と馬曳く ササ糸も引く
○駒は売られて いななき交わす 土用七日の ササ毛附け市
○なんと若い衆よ 頼みがござる 今宵一夜は ササ夜明けまで
 (以下延々と続く)


春駒は盆踊りには珍しいリズミカルな曲です。

春駒

故郷の道の駅にも「摺墨」の像があり、親から聞いていた昔の謎が解けました

道の駅


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2018/04/28

人生感・平等院は庭園の工事中だった

色々な神社仏閣や古い建築物を見て回った結果、印象的に物を取り上げます。

京都市内の有名な寺は駐車場の関係で、長い時間を観光に充てられることは難しく、素通りが多いのですが宇治方面は多くの時間が割り当てられています。

宇治方面には萬福寺と10円古硬貨に描かれている平等院も、駐車場に余裕があるのかゆっくり観光することが出来ました。


s-DSCF9136.jpg

平等院は「単立」と言い上部団体のない宗教法人で、善光寺と同じように天台宗と浄土宗が共同管理をしている寺です。

数年前に修理も完了し世界遺産に登録されておりますが、私が行ったときは庭園の改修工事が行われており池の水も全くありませんでした。

建物の中央の部屋で僧侶から色々と説明を受けましたが、天井や壁を見ると剥がれてしまった所もあり古さを感じましたが、現在はピカピの寺院になっていることでしょう。



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2018/04/27

人生感・黄檗宗・萬福寺

色々な神社仏閣や古い建築物を見て回った結果、印象的に物を取り上げます。

京都の宇治に萬福寺があります。
ここは黄檗宗(おうばくしゅう)という珍しい宗派ですが、日本には400寺以上もあり中国の隠元という僧侶が開祖しましたが、インゲン豆は隠元和尚が日本に持ち込んだと言われております。

この寺の欄干は特徴的で、ラーメンのドンブリの原型になっている説もあります。


yjimage[3]

一般的な木魚は丸い形をしておりますが、萬福寺には魚の形の木魚があり丸い木魚の原型で、木魚は正しく「木の魚」なのです。

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2018/04/26

人生感・日本仏教の成り立ち


中東の宗教の各派の対立は深刻で、現在でも戦争が行われている反面、日本の宗教は過去には争いがあっても政教分離が徹底されることにより争うは激変し、各宗派も親戚付き合いのようになっていることは喜ばしい限りです。

仏教はインドの釈迦族の釈尊が開祖し、日本へは現在の中国や朝鮮半島を経て伝えられたと言われております。

弘法大師(空海)は独自に中国で2年間留学し真言宗を開祖し、天台宗を開祖した最澄は中国に8ケ月留学しただけのようですが、真言宗以外の宗派の法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、栄西(臨済宗)、道元(曹洞宗)、日蓮(日蓮宗)は、空海の弟子で比叡山の延暦寺で修業したのです。

しかし、天台宗の方針に疑問を持ち全国を修業しながら、それぞれの宗派を開祖するわけですが、当時は比叡山からの弾圧を受けたようです。

浄土真宗本願寺派(西本願寺)は織田信長と対立し、豊臣秀吉とは和解しましたが、徳川家康が天下を取ると西本願寺の弟子が家康の援助で東本願寺を開き、西本願寺の東面に寺院を建立したのです。

そのため、幕末の動乱期も、西本願寺は長州など倒幕派、東本願寺は佐幕派に分かれて、信徒達も対立したと思われますが、現在は親戚のようになっているようです。



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2018/04/25

人生観・4回の死神との別れても

私に残された時間は多くありませんが、良くも今まで生き延びる事が出来たと我ながら驚いております。
考えて見ると4回ぐらい死にかけたことがありました。


其の3
3回目は交通事故で『あわや』になるところでした。
バイクで外出し、途中で右折して帰宅途中に、対向車のバンバーが当たり空中を一回転したのです。

奇跡的にカスリ傷程度で済み、バイクも壊れた所もなかったので、お互いが「どうも」「どうも」で別れてしまいました。


其の4
最後はバイト先でハシゴからの落下です。
コンクリート打ちの住宅建設現場の仕事を頼まれた時のことで、冬風の寒い日で午後3時頃の休憩で清酒を飲んだ後に、屋上スラブに上るときに突風と酒酔いの影響もあり、ハシゴと一緒に3メートルぐらいの高さから落ちてしまったのです。

作業現場のため落下した付近には建設資材がゴロゴロしており、当たり所が悪かったらと思うと『ゾッ』としました。

こうした死神との付き合いは30歳代で終わり、その後は「真性多血症」という新しい「神」との付き合いに移行し、『諸行無常』の世の中で生き続けております。



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2018/04/24

人生観・崖から落ちる

私に残された時間は多くありませんが、良くも今まで生き延びる事が出来たと我ながら驚いております。
考えて見ると4回ぐらい死にかけたことがありました。


其の2
あれは小学校に入学した年だったと思います。
兄が数人の近所の子供を大八車に乗せ、道路で遊んでくれていた時のことでした。
突然、私たち子供と大八車が崖へ落ちてしまったのです。

崖の高さは10m位あり、何が何だか解らないうちに崖下の川の浅い所で泣き叫んでいたと記憶していますが、数10Kgの大八車と共に崖を転がり落ちたにも関わらず、全員がカスリ傷程度で済んだのです。

以前、帰郷した際に落下した崖を見に行きましたが、昔と変わらないせせらぎの音が聞こえてくる状態は、ン十年前と変わらない風景でした。



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2018/04/23

人生感・栄養失調で・・・

私に残された時間は多くありませんが、良くも今まで生き延びる事が出来たと我ながら驚いております。
考えて見ると、今まで4回ぐらい死にかけたことがありました。


其の1
戦中・戦後に幼児期を迎えた子供は、栄養失調等で亡くなることは珍しいことでは無く、私もその人に入るはずでした。

山間部で育ったので食べる物はあっても、脂肪やタンパク質を食することは無く、日に日に体が衰弱し歩く事さえできなくなり、微かな記憶では大八車に乗せられて遠い医院に連れて行かれたようですが、当時の混乱状態の世の中には薬があるはずがありません。

それからは、父母が畑仕事に出かける前に座敷に移されて寝かされていた記憶があります。
親も手の施しようがなかったのでしょう。

そんな寝ている時、身体が物凄く楽になり後ろ向きに座り、空を飛んでいる自分が居たのです。
当時は世界の誰もが宇宙空間を知る人は無かったはずですが、考えてみると薄く青い宇宙空間を飛んでいるような気分だったのです。

昔は午前10時頃に昼飯を食べた習慣があり、その時間に帰ってきた両親に慌てて起こされました。
おそらく、私が呻いていたのではなかと思いますが、昨夜に観た夢も記憶がないはずですが、その事は今でもはっきり覚えており、『三途の川』を渡りかけたのか、今の言葉の『臨死体験』だったのかも知れません。

その後は、栄養失調にはヤギの乳が良いと聞いたらしく、遠い所から取り寄せて飲ませてくれましたが、身体の調子も良くなったものも青草くさいヤギの乳を飲む事を嫌がったようです。

両親には夢か幻かの事は話したことは無く見送ってしまいましたが、今、こうして生活が続けられるのも両親とヤギのお蔭です。



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2018/04/22

人生感・諸行無常


「生あるものは必ず滅し、 形あるものは必ず壊れる」の事は仏教用語で『諸行無常』とも呼ばれており、この世に存在するすべての物事は同じ状態を保つことなく移り変わり、永久不変なものなどないということのようです。

私は信じる宗教はありませんが、このような言葉は的を得ており、世界の最高長寿は122歳と164日と言われており、今後、医学の進歩があっても200歳まで生きる人は現れないでしょう。

また、地球の生命は10億年とも100億年とも言われており、地球の寿命を24時間換算にすると残りは5分とも数十秒しかないと主張する学者もいるようで、大気汚染や原水爆戦争が勃発すれば生物の寿命は極端に短縮されるかも知れません。

海外の宗教の『永遠』に対して、仏教の『諸行無常』は科学的な教えとも言えます。



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2018/04/21

人生感・安産祈願の結果・・・


妻が初めての子供を妊娠した時に、安産祈願のために或る有名な寺に車で60分かけて出かけたことがあります。

当時の収入と比較すると比較的に高い祈願料を支払った結果、「丈夫な男の子が生まれます」と告げられました。
しかし、数か月後に生まれた子には『付いている物』が無かったのです。

住職のお告げを友人や親せきに話した結果、前もって男の子用の祝い品を頂戴しましたが、結果的に私が恥を搔いてしまったのです。

それを教訓として人の云う事を容易に信用することなく、最終的には自己責任による生き方が必要と感じました。

従って宗教に関することだけでなく、日常的にも最終の責任は自分が負う『自力本願』の気持ちを持ち続ける事が、自分に対するリスク管理と感じたのです。



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